FIRE後にやりたいことがない|節約しすぎた10年と、50歳からの自分探し

FIRE後にやりたいことが見つからず窓の外をぼんやり眺める白猫キャラクター|たごさくのFIRE戦略

出口が見えてきました。

バリスタFIREまで、あと少し。そう感じるようになってから、ふとした瞬間に自問するようになりました。

「FIREしたら、何をするんだろう」

答えが、出ません。FIRE後の生活を、リアルに想像できていますか?

旅行も、これまでは「仕事のついで」だった

旅行といっても、これまでは出張のついでに観光や名産品を楽しむ程度で満足していました。仕事で行く場所はある程度決まっていましたし、それで十分だと思っていました。

でも最近は、まだ行ったことのない土地へ、自分が楽しむためだけに行く旅行をしてみたいと思うようになっています。

魚介が好きなので、その土地の海鮮を目当てに、のんびり歩いて飲んで食べる。そんな旅をしてみたいですね。

海外も同じです。これまで海外は仕事でしか行ったことがありません。現地スタッフに案内され、仕事をして帰ってくるだけでした。

だからこそ、台湾のような近い外国へ、自分の意思でふらっと行ってみたい気持ちがあります。

趣味と呼べるほど熱中しているものも、気づけばありませんでした。会いたい人も、連絡を取り合う知人も、少しずつ減っていました。

資産は増えました。でも、その資産を使って何を楽しみたいのかを、考えないままここまで来てしまいました。

同じようなことを感じている40〜50代の方に読んでほしい記事です。

この記事でわかること

「FIREを目指してきたのに、その先に何をしたいか答えられない」——そんな状況に陥った私の10年を振り返ります。節約に徹してきたら、いつの間にか楽しみ方まで忘れていた経緯と、50歳からあらためて「やりたいこと」を探し始めた話です。反面教師として読んでいただければと思います。

資産は増えた。でも何かが削れていた

10年ほど前から、節約と投資に本腰を入れ始めました。

もともと物欲は少ないほうでした。それがさらに薄れていき、今では「生活に必要なもの以外、ほぼ買わない」という状態になっています。

欲しいものが頭に浮かんでも、「本当に必要か?」と1秒で打ち消してしまうんです。

飲み会も、ほぼ断り続けてきました。管理職という立場上、呼ばれる飲み会は大体「割り勘負け」するだけです。部下の分まで多めに払う羽目になる。楽しくもないし、コスパも悪い。断ることへの罪悪感もなくなっていきました。

飲むなら安い立ち呑み屋で十分でした。190円の酎ハイを片手に、知らない人と他愛もない話をする。あれはあれで楽しかったですね。

断捨離も進みました。モノが減り、付き合いが減り、気づけば周囲の人間関係も自然と薄くなっていました。

不思議と、「失った」という感覚はあまりありませんでした。むしろ快適でした。余計な出費も、余計なストレスも減りましたから。コスパよく楽しめていた、というのが正直なところです。

ただ今になって思うのは、その快適さに慣れすぎると、「もう少し上の楽しみ」への感度が鈍くなってしまうのかもしれません。

そもそも、なぜFIREを目指したのか

正直に書きます。

もともとは「55歳で早期退職したい」というのが目標でした。

FIREという言葉が日本で広まったのは2018年頃のことで、それまでは「早期退職」や「セミリタイア」という言葉で考えていました。FIREという概念を知って、目指しているものに名前がついた、という感覚でしたね。

よく「FIとERは別の話」と言われます。FI(経済的自立)はしても、ER(早期退職)するかどうかは自由だ、好きな仕事はむしろ続けるべきだ、という声もあります。

でも私の場合は逆で、ERが目的であり、そのための手段がFIでした。

会社そのものが嫌というより、今の働き方に変化や成長を感じにくくなっている、という感覚に近いです。かつては営業で全国を飛び回っていて、それはそれで充実していました。でも内勤に回されてからは、単調な作業の繰り返しです。

自分のレベルアップが感じられない。時間は拘束されますが、今までの知識のおかげでそれなりの賃金はいただけています。

会社に依存しない状態を作りたい。いつでも縁を切れる準備をしておきたい。それがFIREを目指す本音です。

逃げたいのは、せいぜい以前パワハラ気味だった元上司くらいです(笑)。

資産を増やすことが目的になり、配当金の額を追いかけることが楽しみになり、それ自体がゴールになっていきました。FIRE後の生活像を描かないまま、資産形成だけを続けてきました。

そして今、出口が見えかけてきた段階で気づいています。

「で、FIREしてどうするの?」

その問いに、答えられません。

なかなか恥ずかしい話です。

20〜30代でFIREを目指している人に伝えたいこと

もし今20〜30代でFIREを目指しているなら、資産形成と並行して、「自分は何にお金を使いたいのか」も考えておいたほうがいいかもしれません。

目的のない節約・節制は、気づかないうちに人生のリソースまで削ってしまうことがあります。

「あのとき行けばよかった旅行」「あのとき会っておけばよかった人」「あのとき試せばよかったこと」——そういうものは、後から取り戻そうとしても難しい場合があります。

ただ、だからといって「投資なんてしなくていい」とは思いません。

インフレが続く今の時代、何もしなければ経済的に置いていかれます。給料が上がらないのに物価だけが上がっていく現実は、私の若い頃とはまるで違います。

だから投資は必要だと思います。でも同時に、「未来の自分が何を楽しいと思うのか」も、少しずつ育てていったほうがいいのかもしれません。

私自身、まだ答えは出ていません。ただ、資産形成だけを全力で走ると、後になって「自由時間の使い方」が空白になることはあるんだな、と感じています。

50歳からの自分探し

50歳になってから自分探しなんて、と少し照れくさい気もします。

普通、自分探しは20代にするものです。でも人生100年時代、50歳はまだ折り返し地点にすぎません。残り50年、楽しみをゼロで走り続けるわけにはいかないと思っています。

先日、ちょっと奮発して立ち呑みより少し上のバルに行ってみました。

料理はおいしかったです。雰囲気もよかった。でも、頭のどこかで計算してしまっていました。「立ち呑みなら何杯飲めたな」と。

おいしい料理を食べながら、脳内でコスパ計算をしていました。

笑えない話ですが、これが今の自分です。節約が染みついた証拠でもありますし、ある意味では今後の課題でもあります。

「好きなものを好きなだけ楽しめる」状態を目指していたはずなのに、楽しみ方を忘れていました。

それでも、今から少しずつ探していこうと思っています。まだ行ったことのない土地へ行くこと。魚介を目当てに、その土地の店を巡ること。海外なら、まずは台湾あたりに行ってみること。

コスパだけでは測れない、「また行きたい」と思える店を探すこと。そんな小さなことからでいいのかもしれません。

何が好きか。何をしているときに時間を忘れるか。どんな場所に行くと気持ちが上がるか。資産運用と並行して、それも育てていく。遅すぎるということはないはずです。

たごさくの結論:FIREは手段であって、目的ではない

改めて書くと、当たり前のことです。FIREは手段で、目的ではない。

でも10年走ってきて思うのは、資産形成と同時に「FIRE後の自分」も育てておくべきだった、ということです。

ポートフォリオの見直しはいつでもできます。でも、過ごしてきた時間は戻りません。楽しみを後回しにしてきた年月は、それなりの代償を伴うと感じています。

それでも、今から考え始めれば遅くはないと思っています。

50代からの自分探し。少し恥ずかしいですが、やってみようと思います。

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免責事項:この記事は情報提供を目的としており、特定の投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

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